- 「営業手当」「固定残業代」が法的に有効かどうかの判断基準が分かります
- 「みなし労働時間制」が現代ではほぼ成立しないケースが多い理由を理解できます
- 自社の給与体系・労働時間管理が、将来どれほど大きな未払い残業代リスクを抱えているかを具体的に想像できます
- 「今すぐ確認すべきポイント」が整理されており、何から手を付ければよいかが明確になります
- 問題を放置した場合に起こり得る、最悪のシナリオを事前に回避する視点が得られます
―「営業手当」と「みなし労働」に潜む経営リスク―
経営者の皆様の中には、
「うちは営業手当を払っているから残業代は関係ない」
「営業職は外回りが基本だから、みなし労働時間制を適用している」
という認識をお持ちの方が、少なくないのではないでしょうか。
しかし、その「営業手当」が法的に有効な残業代の支払いとして認められなかった場合、あるいは「みなし労働時間制」の適用そのものが否定された場合、どうなるでしょう。
その瞬間、会社は過去数年分(現在は原則3年)の未払い残業代の請求という、極めて重大な財務的・法的リスクを抱え込むことになります。
本稿では、特に営業職の残業代問題に焦点を当て、多くの企業が陥りがちな「固定残業代」と「みなし労働時間制」の誤解が、いかに深刻な「残業代未払い」という時限爆弾を生み出しているかを検証します。
第1章:「名前だけ」の固定残業代
法が求める「明確区分性」「営業手当」「職務手当」「特別手当」。
どのような名称であれ、これらの手当を「みなし残業代」や「固定残業代」として支給すること自体は、法律上、直ちに違法ではありません。
しかし、それが法的に「残業代(時間外労働の対価)」として認められるためには、法が厳格に求める、いくつかの要件を満たす必要があります。
その最大の要件が、「明確区分性」と「対価性(時間数の明示)」です。
判例(例:医療法人社団康心会事件・最判平29.7.7)は、固定残業代が有効とされるためには、労働契約において、
- 通常の労働時間の賃金にあたる部分
- 時間外労働の対価にあたる部分
が明確に判別できることを求めています。
危険な例
給与規程「営業手当 50,000円を支給する」
これだけでは、この50,000円が、
- 基本給の補完なのか
- インセンティブなのか
- 残業代の前払いなのか
全く判別できません。
裁判になれば、この50,000円は残業代とは認められず、残業代を計算するための「基礎賃金」の一部であると認定される可能性が極めて高いのです。
法的に有効な例
「営業手当 50,000円を支給する。これには、月30時間分の固定時間外労働手当を含む」
このように、
- 何時間分の時間外労働の対価であるか
- 雇用契約書・賃金規程で明確に定めているか
- 労働者に周知されているか
が、最低限のラインとなります。
加えて、
- 月30時間分の残業手当として適切に計算されていること
- 基本給と固定残業手当のバランスを著しく欠いていないこと
も重要です。
実際には、「残業代を支給しないための方便である」として断罪された例もあります。
そもそも、そのような給与体系を求職者に明示して応募が来るのだろうか、という企業存続に関わる別の問題にもなり得ます。
それでも残る「超過分」の支払い義務
仮に「月30時間分」と明示し、法的な有効性を確保できたとしても、それで終わりではありません。
もし営業社員が実際に40時間の時間外労働を行った場合、会社は当然ながら、
固定分を超過した10時間分の残業代を、別途計算して支払う義務があります(労働基準法第37条)。
「固定残業代を払っているから、どれだけ残業させても追加払いは不要だ」という考えは、
法律上、一切通用しません。
この超過分の未払いが蓄積することが、第一の未払い残業問題です。
第2章:聖域ではない「みなし労働時間制」
算定は本当に「困難」ですか?
次に、営業職に適用されがちな「事業場外みなし労働時間制」(労働基準法第38条の2)を検証します。
労働者が事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、
所定労働時間労働したものとみなす
という制度です。
多くの経営者は、「事業場外で業務に従事」という部分だけを見て、「営業は外回りが基本だから、みなし労働だ」と
判断してしまいます。
しかし、この制度適用の最大のハードルは、次の「労働時間を算定し難いとき」という要件です。
現代において「算定し難い」状況とは?
この条文が作られた時代、外出した従業員と連絡を取る手段は公衆電話くらいしかありませんでした。
しかし、現代はどうでしょうか。
- 全営業社員にスマートフォンやノートPCを貸与していませんか?
- 日報・週報・SFA(営業支援システム)への入力を義務付けていませんか?
- GPSによる位置情報を会社が把握していませんか?
- 朝礼や夕礼のために、出社・帰社を義務付けていませんか?
- 上司が訪問先やスケジュールを具体的に指示・管理していませんか?
これら一つでも当てはまれば、
会社は労働時間を
- 把握しようと思えばできる状態
- あるいは現に把握している状態
にあると判断されます。
その場合、「労働時間を算定し難い」という大前提が崩れ、みなし労働時間制の適用そのものが無効となります。
労働法の第一人者である荒木尚志教授も、情報通信技術の発達に触れ、
使用者の指揮監督が事業場外におよび、
労働時間の算定が可能となる場合が格段に増えており、(中略)その適用範囲は次第に限定的になっている
と指摘しています(労働法 第5版/有斐閣、2021年、436頁)。
裁判所は、この「算定し難い」状況を極めて厳格に判断します。
安易な「みなし労働」の適用は、もはや法的に認められないのです。
第3章:二つの誤解が招く、最悪のシナリオ
「固定残業代の誤解」と「みなし労働の誤解」が組み合わさると、企業にとって致命的なリスクが顕在化します。
- A社は、営業社員Bさんに対し「営業手当 70,000円」を支給
⇒ A社は「営業職はみなし労働だ」と考え、労働時間を一切管理していなかった - Bさんは、実際には毎日平均4時間(月80時間)の残業を行っていた
⇒ 退職したBさんが、弁護士を立てて未払い残業代を請求
- みなし労働の無効
スマートフォン貸与・日報提出により、労働時間は算定可能 - 固定残業代の無効
「営業手当 70,000円」は時間数の明示がなく、基礎賃金の一部 - 結論
月80時間分の残業代を、営業手当を含めた高単価で、
過去3年分(+遅延損害金・付加金)支払う義務
「残業代として払っていたつもり」の営業手当が、
逆に残業代の計算単価を引き上げるという、悪夢のような結果を招きます。
結論:経営者が今すぐ検証すべきこと
「うちは大丈夫」「今まで何も言われていないから」。
その無関心や先送りこそが、最大のリスクです。
経営者の皆様は、直ちに以下の点を検証してください。
就業規則・賃金規程の確認
営業手当は何時間分の残業代か明記されていますか?金額は適切ですか?
労働時間管理の実態確認
スマートフォンや日報で管理しているなら、それは「みなし」ではありません。
超過分の支払い運用
固定時間超過分を1分単位で計算し、翌月支給できていますか?
これらの是正は「コスト」ではありません。
未来の予測不能な負債を防ぐための、最重要の投資です。
少しでも不安があれば、手遅れになる前に、労働法務の専門家へ相談することを強くおすすめします。
まずは、貴社がどのようなリスクを抱えているのか
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無理な営業はありませんのでご安心ください。

