「私は一般事務職ですから、それは総合職の仕事ですよね?」——職場でこんな言葉を耳にして、モヤッとした経験はありませんか?特定の社員にイレギュラー業務のしわ寄せがいき、現場の不満が溜まる「仕事の押し付け合い」問題。現場では「個人の協調性の問題」として片付けられがちですが、実はこれ、会社が「役割期待」を明確にしていないという人事制度の構造的な欠陥が原因です。本コラムでは、曖昧な役割定義が組織に与えるダメージと、それを解決するための人事制度の(再)構築について、専門家の視点で解説します。
不平等な仕事の偏りは必ず職場の士気低下を招く
「私は一般事務職ですから、そういうイレギュラーな対応は総合職の方がやればいいのではありませんか?」職場でこのような発言を耳にしたことはないでしょうか。定型業務の枠組みを少しでも超える業務が発生した際、一般職(事務職)社員が明確(勝手)に線を引き、結果として総合職(あるいは特定の優秀な社員)に仕事のしわ寄せがいってしまう。総合職からは「同じフロアにいて手隙なのに、なぜ自分ばかりが泥被りをしなければならないのか」と強い不満が噴出する——。これは多くの企業で日々起きている、非常に根深い組織課題です。
こうした対立が起きると、現場では「あの事務員は協調性がない」「総合職のくせに仕事を押し付けてくる」といった個人の感情論や人間関係のトラブルとして処理されがちです。そしてこのように人間関係のトラブルを内包しているものに限って上司は気付いていないことが多いのです。しかし、私の視点から言えば、これは個人の性格の問題ではなく、「会社が社員に対する役割期待を明文化していない」、あるいは「明文化されていても、それが従業員に認識されていない」という人事システムの構造的な欠陥が引き起こしている現象なのです。
なぜ「仕事の押し付け合い」と「偏り」が発生するのか
総合職と一般職(あるいは職種や等級間)で仕事量の偏りや不満が生じる根本原因は、それぞれのコースや等級において「何を、どこまで、どのような裁量で期待しているのか」という役割期待(Role Expectation)の境界線が極めて曖昧だからです。
少なからずの企業では、「総合職は将来の幹部候補として幅広い業務と転勤を伴う」「一般職は定型的な事務作業でサポートを行う」といった、抽象的なイメージだけで運用を続けています。 しかし、現代のビジネス環境において「ここからここまでが完璧な定型業務」と切り分けられる仕事は激減しています。グレーゾーンの業務が発生した際、会社としての明確な基準(役割定義)が存在しないため、一般職は「自分の仕事ではない」と自己防衛に走り、総合職は「チームのために誰かがやるべきだ」と不満を抱えながら業務を抱え込むことになるのです。
さらに深刻なのは、就業規則や人事評価基準書の片隅に役割が定義されていたとしても、それが形骸化し、従業員に全く浸透していないケースです。評価面談の場でも「今期はよく頑張ったね」といった労いの言葉だけで終始し、本来会社が求めている役割とのギャップについて対話がなされていなければ、制度は存在しないも同然です。
役割の曖昧さがもたらす組織へのダメージ
この状態を放置することは、経営にとって大きなリスクです。
- 優秀な人材(総合職)の流出 :責任感の強い総合職ほどグレーゾーンの仕事を巻き取り、恒常的な長時間労働に陥ります。彼らは「頑張っても報われない」「他人のカバーばかりさせられる」と徒労感を募らせ、いずれ組織を見限ります。
- 一般職の成長機会の喪失: 一般職にとっても、「私は事務職だから」と枠に閉じこもることは、自身のスキルアップやキャリア構築の機会を自ら放棄することに他なりません。
- 組織風土の悪化(サイロ化): 「自分の仕事はここまで」という勝手な意識が蔓延すると、部門間や職種間の連携が絶たれ、顧客対応の遅れや重大ミスの温床となります。
人事制度の(再)構築による予防と解決策
このようなトラブルは、明確なルールと評価基準によって組織の摩擦を予防することが、最も合理的で効果的な経営戦略です。具体的には以下の3つのステップで人事制度を見直す必要があります。
1. 役割期待の明文化(等級定義・職務記述書の刷新)
まずは、抽象的な「コース別」の概念から脱却し、「等級」や「職務」ごとに会社が期待する役割を言語化します。 例えば、「定型業務を正確にこなす役割」「マニュアルのない非定型業務において、自ら判断し課題を解決する役割」「後進を育成しチームを牽引する役割」といった形で、行動レベルで基準を明確にします。これにより、「どこからが総合職の役割で、どこまでが一般職にも期待される範囲なのか」というグレーゾーンを極力排除します。これにより従業員が甘い定性目標設定を行い、上司もそれに気付かないという「職場あるある」を駆逐します。
2. 人事評価への連動
明文化した役割期待を、そのまま人事評価の項目に落とし込みます。 「一般職だからやらなくていい」と主張する社員に対しては、「現在のあなたの等級では、周囲と協調しイレギュラーな事態にも柔軟に対応する役割が求められており、それができない場合は評価(昇給・賞与)に反映される」という客観的な事実を、制度を通じて突きつける必要があります。逆に、役割期待を超えて総合職的な業務をカバーした一般職には、高い評価と報酬で報いる仕組みを整えます。
3. 運用を通じた「認識のすり合わせ」(徹底した対話)
最も重要なのは、作った制度を形骸化させないための運用です。 期初の目標設定面談や定期的な1on1において、上司は「会社があなたに期待している役割はこれである」と明確に提示し、本人の認識とのズレを埋める対話を繰り返さなければなりません。従業員が「知らなかった」「私の解釈とは違った」と言えないレベルまで、役割期待を組織の隅々に浸透させる教育とコミュニケーションが必要です。
「私は〇〇職ですから」という発言は、従業員の怠慢ではなく、会社に対する「私の役割をはっきりと定義してほしい」という無意識のシグナルとも言えます。曖昧な温情主義を捨て、クリアな基準と納得感のある評価制度を整備することこそが、すべての社員が前を向いて働ける強い組織を作るための第一歩となるのです。
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