【最新動向】 高市総理による「裁量労働制」見直し指示の背景と、使用者側(経団連)と労働者側(連合)それぞれの主張の対立点
【制度解説】 混同されがちな「裁量労働制」と「事業場外みなし労働時間制」の、労働基準法上の相違点
【潜むリスク】 裁量労働制が企業側にとって人件費コントロールのメリットがある反面、仕事量のモニタリング不足がどのようにオーバーワークや過労死リスクを招くのか
【現状分析】 深刻な人手不足が続く現在の労働環境下において、裁量労働制の対象拡大が合法的なサービス残業の隠れ蓑(定額働かせ放題)に悪用される危険性
【専門家の提言】 単なる制度の対象拡大よりも優先すべき、自律的な働き方を支えるための適正な業務量管理と成果に対する正当な評価・報酬といった本質的な職場環境整備の必要性
高市総理の出した裁量労働制の対象範囲の見直し指示
先日、高市総理が上野厚生労働大臣に対し、裁量労働制の対象範囲の見直しなどを検討するよう指示を出したというニュースが報じられました。総理は「健康確保、長時間労働防止、処遇改善にしっかり取り組む」という経済界の発言を踏まえ、濫用防止措置を前提とした見直しを求めています。
この制度をめぐっては、対象業務の拡大を求める経団連(使用者側)と、長時間労働を招きかねない、と強く警戒する連合(労働者側)の間で、長らく議論が交わされてきたところです。
労働法務の専門家視点から申し上げますと、とりわけ深刻な人手不足が叫ばれる現在の労働環境において、裁量労働制の対象範囲を安易に拡大することには、極めて慎重であるべきだと考えます。本稿では、混同されがちな「みなし労働時間制」との違いを整理しつつ、制度拡大に潜むリスクを検証します。
第1章:似て非なる「裁量労働制」と「事業場外みなし労働時間制」
ニュースなどで「裁量労働制」という言葉を見聞きした際、営業職などに適用される「みなし残業」と同じものだと誤解されることが多々あります。しかし、これらは労働基準法上、明確に異なる趣旨を持つ制度です。
- 着眼点: 業務の進め方の自由度(性質)
- 対象: 新商品開発、システムエンジニア、企業の経営企画など、「業務の性質上、その遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある」業務。
- 特徴: 労働時間の算定が可能(社内で働いている等)であっても適用されます。使用者は「業務遂行の手段や時間配分について具体的な指示をしてはならない」という厳格なルールがあり、実際の労働時間にかかわらず、労使協定で定めた時間を働いたものとみなします。
- 着眼点: 労働時間を把握できるか否か(場所・状況)
- 対象: 事業場外で業務に従事し、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定し難い業務(例:直行直帰型の外回り営業など)。
- 特徴: 実際の労働時間にかかわらず、原則として所定労働時間(例:8時間)働いたものとみなす制度です。あくまで「時間の算定が困難であること」が適用の絶対条件となります。従って、電話などで上司が都度指示を出したり、報告をしている場合や、一日のスケジュールが明確に定まっている場合は労働時間を把握できることになりますので「みなし労働時間制」は適用できません。
裁量労働制については「労働時間の長さと業務の成果とが必ずしも比例しない業務」に対応するための制度であり、時間ではなく成果に対する評価を前提としている点を労働法学者は指摘しています(菅野和夫「労働法 第12版」弘文堂、440頁参照)。
つまり、単に「外にいて見えないから」みなすのが事業場外みなし労働時間制であり、「専門性が高く、本人の裁量に任せた方が成果が出るから」時間管理の枠を外すのが裁量労働制なのです。
第2章:メリットの裏にある「仕事量モニタリング」の落とし穴
経団連をはじめとする経済界が裁量労働制の拡大を求める背景には、柔軟な働き方の実現という目的のほかに、企業側の人件費(残業代)のコントロールが容易になるという強いメリットが存在します。
裁量労働制が適法に運用されれば、たとえ実労働時間が1日10時間であったとしても、みなす時間を仮に8時間と定めていれば、超過分の残業代を支払う必要はありません(深夜・休日割増を除く)。
しかし、ここに最大の落とし穴があります。制度上、時間配分は「労働者の裁量」に委ねられますが、「仕事の総量」を決定する権限は依然として会社側(使用者)にあるということです。
会社が適切な仕事量のモニタリングを行わず、一人の労働者に過大なノルマや業務量を押し付けた場合どうなるでしょうか。労働者は「裁量」という名の下で、終わりの見えない業務をこなすために長時間労働を強いられます。残業代というストッパー(コスト増による企業の抑制効果)が働かないため、オーバーワークに歯止めが効かなくなり、最悪の場合は過労死(脳・心臓疾患)や精神疾患の発症を招くリスクが高まるのです。
第3章:人手不足時代における「対象拡大」の危険性
現在、日本の少なからずの企業が深刻な人手不足に直面しています。 このような状況下で裁量労働制の対象を安易に拡大すれば、人が足りない分の業務のしわ寄せが、裁量労働制が適用された労働者に集中しやすくなります。
「時間が足りないなら、効率よく裁量を発揮して終わらせなさい」というのは、適正な業務量が担保されて初めて成り立つ理論です。絶対的なマンパワーが不足し、一人当たりの物理的な業務量限界を超えている職場で裁量労働制を導入することは、単なる「合法的なサービス残業の隠れ蓑(定額働かせ放題)」に悪用される危険性を孕んでいます。
結論:制度拡大よりも「本質的な労働環境整備」を優先すべき
高市総理が「濫用防止措置を前提に」と釘を刺したことは、極めて重要なポイントです。
裁量労働制は、真の意味で自律的に働ける専門人材にとっては、時間的拘束から解放される素晴らしい制度となり得ます。しかし、それが機能するためには「適正な業務量のコントロール」と「成果に対する正当な評価・報酬」という、企業側の高度なマネジメントが必要不可欠です。
健康確保や長時間労働防止の具体的な担保(例えば、実労働時間の厳格な把握義務化、勤務間インターバル制度の義務化、業務量見直しの仕組みづくりなど)がないままに対象業務だけを拡大することは、労働者の生命と健康を天秤にかける行為に他なりません。
働き方の多様化を進めること自体に異論はありませんが、今本当に求められているのは、制度の対象を広げて人件費を圧縮することではなく、今いる人材が心身をすり減らすことなく、生産性を高められる本質的な職場環境の整備です。経営者の皆様には、自社の業務量の可視化とマネジメントのあり方や体制の見直しをお勧めいたします。
まずは、貴社がどのような法的リスクを抱えているのか無料で可視化するところから始めてみませんか?(結果はレポートでご報告します)
すでにトラブルを抱えている場合は時間との勝負です。お気軽にご相談ください。

